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僕が英語を話せるようになった理由(わけ)
2.迷子になった時の心得
「あの〜、実はちょっと迷子になっちゃったみたいで…。」
樹に張り付いたまま振り返るようにして僕を見ている目の前の彼女に、僕は少し遠慮がちに、聞いた。
「それで?」
ようやく、樹より僕に興味を持ってくれたみたいで、樹から離れて僕に向き合いながら、彼女が聞いた。
「それで」という彼女の言葉には、ちょっとそっけない響きが漂っていて、そのことに僕は躊躇いを感じながらも続けた。
「あの〜、大聖堂広場に戻りたいんですけど…。」
「ん?大聖堂広場?あ〜ぁ、Cathedral Squareね。」
一瞬顔を顰めた彼女は、自分で自分に納得したかのように呟いた。
その彼女の何気ない言葉は、僕の言葉を彼女にとってより親しみのある言葉に置き換えたという自然な行為以上の何の意味も持っていないことは分っていた。それでも、自分が発した言葉を、そのまま英語で言い直されてしまうと、それがたとえ地名や固有名詞であっても、僕はなんだか嫌な気がした。
そんな僕が抱いた小さな不快感には全く気付かない様子で、彼女は言葉を続けた。
「どのくらいの間、道に迷ってたの?」
迷子になって人に道を尋ねた時に、逆にそんな質問をされたことのなかった僕は、ちょっと面食らってしまった。
「たぶん、1時間ぐらい…。」
言葉の流れで素直に質問には答えてしまったものの、さばを読んで時間を短めに言った。
実際には、間違いなく1時間以上歩き続けていたと思う。
「それで、その間に、どんな努力をしたの。」
「どっ、努力ですか?」
「そう、何か試してみたんでしょ。まさか、何もしないでずっと迷い続けていたわけじゃないわよね。」
直ぐにこのボタニックガーデンから抜け出せると思っていた僕の期待とは裏腹に、彼女の質問は続いた。
世の中に、道に迷って困っている人を、質問攻めにする人がいるなんて、僕は思ってもみなかった。
「はぁ…。」
僕は、ため息のような間繋ぎの言葉のような、曖昧な音を発したまま、返事に困ってしまった。
「例えば、人に道を聞くとか、案内板の地図を見るとか、インフォメーション・センターに行ってみるとか、小川に沿って歩いてみるとか、同じ方向に歩き続けてみるとか。何かやってみたでしょ?」
僕は、次々に彼女の口から出てくる言葉に、唖然としてしまったというか、呆れてしまった。
とにかく、宿泊先であるバックパッカーズに、早く帰りたいだけなのに、なんでこんなことになってしまうのか。困惑する気持ちと共に、なんだか泣きたい気分になった。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は言葉を続けた。
「Cathedral Squareまでの道を教えてあげるのは簡単だけど、それじゃあ、またどこかで迷子になった時に困るでしょ。」
後から分ったことだけれど、ボタニックガーデンで真剣に迷子になったという人に、それまで彼女は出会ったことがなかったらしい。
要所要所に地図はあるし、いくつもの道が交わっているような場所にはどちらの方向に何があるかという標識もある。曜日や時間帯にかかわらず、散歩をしている人たちの姿を必ず見かけるこのガーデンで、道を尋ねる相手を全く見つけることが出来ないということも考え難い。
そんな状況の中で途方にくれていた僕が抱える「本当の問題」に、無意識のうちに気付いていた彼女は、その表面上は見えない問題を、きっと、そのまま見過ごすことが出来なかったのだと思う。
「みっ、道を何度か、聞いてはみたんですけど、僕の英語が通じなくて…。」
正直いって、道を聞くこと以外には、彼女がずらずら並べた他の方法は何一つ思いつかなかった。いや、考えることさえしていなかった。
英語で道を聞くしかないと思っていた。そして、僕の英語は通じないから、一生迷い続けるしかないんだと思い込んでいた。
「それで、何て聞いたの?」
「えっ。いや、その、’Where is Cathedral Square’って。」
「困った顔をして?それとも、笑顔で?」
「たぶん、笑顔で。」
「相手が言ったことが分らなかった時にも、笑顔で分かった振りとかしなかった?」
「…。」
無言の僕を見ながら、その時の状況がはっきりと目に見えるとでもいうかのように、彼女が続けた。
「さっき、日本語で聞いてきた時に、最初になんて言った?迷子になったんですけどって言ったでしょ。笑顔でCathedral Squareって聞かれたら、困ってるっていう状況が分らないから、このガーデンのどこかに、Cathedral Squareって名付けられた場所があるのかとか、Cathedral Squareのミニチュア版ガーデンでもあるのかと思っちゃうかもよ。」
「…。」
「”I’m lost”ってまず言ってから、’Where is the Cathedral Square’って言えば、状況がすぐ分るでしょ。それに、例え道に迷っていることが伝わったとしても、相手の言っていることが分ってないのに分った振りをしたら、相手はそれで大丈夫だと思っちゃうでしょ。」
「はぁ…。」
返す言葉を見つけることが出来ないまま、彼女の言葉を受身で聞いているだけの僕に、彼女はとどめを刺す一言を言った。
「英語が通じていないんじゃなくて、心が通じていないだけなのよ。」
その後、英語圏で「迷子になった時の心得」というか、準備のようなものをいろいろと教えてもらった。簡単にまとめてみると、次のようなこと。
1. 道に迷った時の為に、宿泊先の住所、連絡先のメモを持っておく。(出先で書類に記入する必要があった場合にも便利。)
2. 困った時に必要なフレーズは、覚えておくか、独自のメモ帳を作って持ち歩き、どうしても口頭で通じない場合はそのメモを見せる。
3. 人に英語で道を尋ねる場合は、自分の英語のレベルは気にせず、要点をはっきりとさせて、分らないのに分った振りはしない。(特に見知らぬ土地では尋ねる相手を選び(安全第一!)、道を教えてもらえたかどうかにかかわらず、尋ねた相手にはThank youと感謝の言葉を必ず伝えること。)
「で、どうする?どうせ、いつもの散歩コースで、この後Cathedral Square方面の出口が分るところを通るけど。そこまで一緒について来る?それとも、自分で出口を見つけてみる?」
一通り、迷子になった時のあれこれを話し終わって、自己満足したかのような彼女は、僕との会話をこれで打ち切りたいかのように言った。
「つっ、ついていきます。」
やっぱりねという顔をしながら、小さく何度か頷くと、彼女は僕を先導するかのように歩き出しした。
「あっ、あの、僕、あなたについていきます。ぼっ、僕を弟子にして下さい。」
僕の目の前には、遮る物が何も無い場所で、前のめりに躓く彼女がいた。
今度は、彼女が驚く番だったようだ。
つづく。。。
目次
1.出会い
2.迷子になった時の心得
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まだ間に合う 〜クリスマスの宿泊〜 (ホテル・旅館) クリスマスプラン2006
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